コラム

セミナー採録リポート

新聞 デジタル グローバル イベント
セミナー採録リポート

平成という時代が終わり、令和という新しい時代を迎えた2019年。この30年間の間に日本企業を取り巻く環境は大きく変わったといえます。
外部環境の変化は様々な分野で起こりましたが、広告やマーケティングといったコミュニケーションの分野は最も激変した分野の1つではないでしょうか。
インターネットの登場を始め、スマートフォンやSNSの登場により、私たちが接する情報量は飛躍的に増加しただけでなく、情報の流れも双方向が主流になるなど大きく変化しています。
このような時代におけるコーポレートコミュニケーションのあり方をどうするべきか。
今回は、日本経済新聞社が今年の9月に行った日経コーポレートブランディングセミナー「変革期におけるコーポレートコミュニケーション戦略」の内容を本サイトでもお伝えします。

第1回は、株式会社本田事務所 代表取締役/PRストラテジストである本田哲也氏に、
「『ナラティブ』」の時代 -企業は世の中に何を語るべきなのか?- 」と題してお話いただきました。

本田哲也氏

総合的な“語り口”が企業評価を左右する時代

 本日はコーポレートブランディングについて、“ナラティブ”という視点を中心にお話ししたいと思います。
 これまでは、企業の物語性、コーポレートストーリーを発信すべきだということが言われてきました。これに対して、最近注目されるのがナラティブです。ナラティブには、単なる物語ではなく “語り方”“語り口”というような、“語る”というニュアンスが含まれるのがポイントです。企業として何を世の中に伝えていくかというときの総合的な語り口や語る内容を指します。
 今、広告やPRのみならずクチコミ、SNSなど多様な伝達手段によって全体的に伝わっていく時代なので、全体としていかに調和のとれたナラティブにしていくか、という視点がコーポレートコミュニケーションにおいて必要不可欠です。その背景として、まず、情報が複合的に伝わっていくこと、次に情報発信のアンコントロール化が進んでいること、3点目としてステークホルダーの対象が広がり、それぞれが多様な側面を持ってきたことが挙げられます。
生活者は一方では情報発信者としての存在感を増しており、企業が何を語るかを注視しています。その内容によって、その企業に対する好感度が上下するということが顕著になってきているのです。

パーセプションが変わるとはどういうことか

 ナラティブな発信に関連して、パーセプションの重要性についても触れたいと思います。パーセプションは「認識」と言われますが、「イメージ」に近いニュアンスで、少しぼやっとしたものです。誰でも、ある企業に対してどのような企業かという認識を持っています。ポイントは、事実であるかどうかとは別に、パーセプションは成り立つということです。
 近年、パーセプションが変わった一例に、サンリオのピューロランドを挙げられます。ピューロランドと言うと、多くの人は屋内型のテーマパークといった認識を持っていたと思いますが、現状は違っています。実態は劇場であり、連日、ハローキティのみならず、イケメン俳優による劇が上演され、テーマパークから劇場へとパーセプション・チェンジが起こっています。そして興味深いのは、パーセプションが変わっていくと同時に、売上が上がっていることです。こうしたパーセプションをつくり出していくという発想が、今後のコーポレートブランディングの重要な要素の1つではないかと思います。

パーセプションを変える戦略PR

 パーセプションを変える手法論として、PR、とりわけ戦略PRと呼ばれている手法があります。戦略PRのフレームを簡単に説明すると、その中核となるのが「関心テーマ」と呼んでいる要素です(下図)。

戦略PRのフレーム

そして、その関心テーマをとらえる側面が3つあります。1つ目は企業側で、マーケティング寄りの言葉でいうと商品便益となります。コーポレートブランディングの場合は企業の便益、企業が誇れるところ、と言えます。2つ目は世の中の関心事です。自社との関係があるかないかにかかわらず、今、世の中、社会はどういうことに関心があり、何が潮流であるかを考えます。3点目に生活者の関心事やメリットは何かということを踏まえます。これら3つのバランスをとって戦略策定することこそが、戦略PRの核心なのです。

戦略PRのケーススタディ

 戦略PRの領域で有名なのが、あるオムツの事例です。10年以上も前の話なので、当時のおむつはまだモコモコとしたフィット感のないものでした。そこへ吸収力が高く、フィット感も向上した商品を出すことになりました。それは企業にとって大きなニュースでも、忙しい母親たちにとっては単なるマイナーチェンジであり、興味を持って聞いてはくれない。そこで、赤ちゃんの睡眠に着目しました。子どもの眠りに関する社会的な関心が高まっていたのです。睡眠のリズムが狂うことにより、イライラして怒り出す子が増えていました。そこで、赤ちゃんに快適な睡眠を提供できるおむつとして訴求することにしたのです。それまでは機能性をアピールし、高い認知度も獲得していたのですが、発想を変えようと、パーセプションをチェンジすることにしました。
 当時はナラティブという言葉は使っていませんが、この時点でナラティブ化していることにもなります。つまり、世の中に、この企業、ブランドとして何を語っていくかということがここで決まるわけです。新しい機能を主張するのではなくて、赤ちゃんの睡眠が問題になっているという世の中の空気に添って、語り掛けていくことになります。
 手法としては小児科の先生と協力して眠りの啓発を中長期的に行う、調査データから日本の赤ちゃんの夜眠る時間が他の国に比べて遅いことを示す活動を、プレスリリースやイベント、セミナーなどで行い、空気づくりをしました。記事にしてもらうと同時に、広告でも一連のキャンペーンを通じて、「あなたの赤ちゃんの睡眠を一番考えているのが私たちのブランドです」ということを訴求しました。

会場の様子

コーポレートブランディングにおけるナラティブな展開例

 また、最近コーポレートブランディングを“ナラティブ”に実践している例を紹介したいと思います。
 HIKAKIN、はじめしゃちょー、水溜りボンドら、人気のユーチューバーが多数所属するUUUMという企業があります。上場し、認知度も上がっていましたが、既存のパーセプションは「ユーチューバーの芸能事務所」という表面的なものであり、本来UUUMが持つ企業価値を表現できていませんでした。特にビジネスリテラシーが高い方に、同社の目指す「個人の力をエンパワーするコンテンツカンパニー」という会社像が、認識されていないことが問題でした。

 そこで、PR全体を通して世の中に発信していく内容や指針を記した「PRナラティブ」を策定しました。それをもとに、会社を挙げてあらゆる面でユーチューバーなど個人を支援している、という実態をPRしています。いわゆる広報活動もナラティブ化することで、伝わり方や露出のされ方が大きく違ってきます。実際に、最近のUUUMについての記事も変わってきているように思います。

 以上をまとめますと、ナラティブ化して語りかけ、パーセプションが変わるようなブランディング施策を行う、企業の語りたいことと世の中の関心をつなげてあげる、こういった発想が重要になってくると思います。新しいコーポレートブランディングのあり方を考えるヒントとなれば嬉しく思います。

本田哲也 プロフィール

株式会社本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト
「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWEEK誌によって選出された日本を代表するPR専門家。世界的なアワード『PRWeek Awards 2015』にて「PR Professional of the Year」を受賞。
セガの海外事業部を経て、1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年、スピンオフとしてブルーカレント・ジャパンを設立、代表に就任。2009年に「戦略PR」(アスキー新書)を上梓し、マーケティング業界にPRブームを巻き起こす。P&G、花王、ユニリーバ、アディダス、サントリー、トヨタ、資生堂など国内外の企業との実績多数。2019年より、株式会社本田事務所としての活動を開始。
著書に「その1人が30万人を動かす!」(東洋経済新報社)、「ソーシャルインフルエンス」(アスキーメディアワークス)、「最新 戦略PR 入門編、実践編」(KADOKAWA)、「広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。」、「戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。
外務省のアドバイザーやJリーグのマーケティング委員などを歴任。海外での活動も多岐にわたり、世界最大の広告祭カンヌライオンズでは、公式スピーカーや審査員を務める。

まずは
お問い合わせください

いくつかの情報をご入力いただければ
担当からご案内を差し上げます。