コラム

ビジネスパーソンのためのグローバルコミュニケーション講座 Vol.2

グローバル

前回はデジタル社会における効率的な情報伝達方法であるプレイン・イングリッシュについて紹介しました。また、世界の動向として、ISO(国際標準化機構)が昨年2019年9月にプレイン・ランゲージの規格化を採択し、主要50か国が自国の言葉のプレイン化に向けて足並みを揃えて進み出したことについても触れました。

第二回の今回は、プレイン・イングリッシュを記述する際のポイントやプレイン・イングリッシュを用いて企業のIR活動をより効率的に行う考え方などをエイアンドピープル代表取締役の浅井満知子氏より紹介いただきます。

米国証券取引委員会がプレイン・イングリッシュを義務化

SEC(米国証券取引委員会)は、1998年に企業に対して開示報告書をプレイン・イングリッシュで記述することを義務化しました。その際に同時にプレイン・イングリッシュのガイドブックを編纂し公開しました。

このガイドブックでは、忙しい読者に情報をスピーディーに伝えるための心構えや文章作成のポイントがまとめられています。

SECの【プレイン・イングリッシュの10のポイント】

● 対象読者を明確にする
● 重要な情報は文書の先頭に置く
● 能動態を使う
● 強い動詞を使う(動詞を名詞化しない)
● 短く、シンプルな単語を使う
● 否定形(二重否定)は避ける
● 長文より短文を用いる
● 専門用語は避ける
● 主語・動詞・目的語は近づける
● 読みやすいデザインにする

ガイドブックの冒頭には、著名な投資家であるウォーレン・バフェット氏が挨拶文を寄せています。その言葉から、証券取引に関係する文章が、専門家である同氏にとっても意図的かと感じるほどに難解で不透明なものであったことや、同氏がプレイン・イングリッシュをその改善の決定打として考えていたことを読み取ることができます。

なお、同ガイドブックも触れていますが、文章の読みやすさを単語のシンプルさや文章の長さなどを基に測定する便利なツールがありますのでご活用ください。

非財務的情報や法令のわかりやすさを求める声の高まり

2016年に世界経済フォーラムで使用されたVUCA〔(Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)〕という言葉が注目されています。ビジネスの主役と仕組みのシフト、国家間の通商面での軋轢(あつれき)の高まり、年々顕在化する気候変動などに加え、本年はコロナ禍が発生し、未来はますます混沌としています。

このVUCAな状況の中で、ESG(環境・社会・公正)やSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みが企業の重要な経営課題となっていますが、経営の公正さと透明性や経営者の想いなどの非財務的情報の開示においては、わかりやすさが特に求められます。また、社会経済のグローバル化が進む中で、海外のステークホルダーや在留外国人は、法令がわかりやすい言葉で読めるようになることを強く望んでいます。これらの要望に応える上での決定打となる情報伝達方法がプレイン・ランゲージです。

コロナ禍で増すIR担当者の責任

コロナ禍がもたらしたものは、事業継続計画(BCP)の想定を遥かに超える事業環境の変化です。この変化はIR活動にも大きな影響を与え、決算説明会・株主総会・面談・現場訪問といった投資家との直接対面の多くは延期、一部はオンラインでの対話へとシフトされ、また、その状況は相当期間続くと予想されます。

オンラインでの対話には様々な制約がありますが、そうした事情に甘えて説明を簡素化することが望ましい姿でしょうか?言うまでもなく答えは“NO”です。混沌とした今だからこそ、投資を呼び込み資本の安定化のためにシェアホルダーにタイムリーで明瞭な情報提供を行わなければなりません。

なぜなら、投資家は「危機的状況だからこそ、企業の本質(力量)の差が見える」と考えているからです。特に海外の投資家は、ステレオタイプ的なメッセージは読み飛ばし、VUCAな状況に対する『経営者の変革へのコミットメント』、『経営者の実力と自信』、『一貫した経営哲学』などの企業の本質が読み取れるメッセージに注目して企業を選別しています。

実際、これに呼応し、「企業のIRで発信するメッセージが、今まで以上に力強いものになってきている」と全米IR協会は報告しています。

力強く効果的なIR情報の伝え方

日本人は謙遜と丁寧さを美徳としています。しかし、伝えたい情報が事実であるならば、それを率直に主張することに躊躇する必要はありません。また、丁寧でありたいために伝えたい焦点があいまいとなることは避けねばなりません。企業のIR、特に海外投資家に向けた情報発信において企業の本質を力強く、効果的に伝える方法、それがプレイン・ランゲージです。10のポイントは上述の通りですが、IRの観点から特に重要と思われるポイントについてご説明します。

●対象読者を明確にする

株主といっても機関投資家、個人投資家、長期保有、短期取引を好むなど様々です。どういった投資家に株主になってほしいのか一考し、イメージした投資家(個人、you)に向けてメッセージを書くことで、文章のポイントが明瞭で、文体はより率直になり、結果として多くの投資家に自分事として響く情報を作成することができます。

●重要な情報は文書の先頭に置く

大きな決裁権限をもつ投資家は多忙です。結論やポイントを、文書や段落の中で前に書くことを常に意識することで、多忙な投資家の忍耐が切れる前に情報を伝えることができます。

●能動態を使う

●強い動詞を使う

●否定形(や二重否定)は避ける

●主語・動詞・目的語は近づける(省かない)

対象国の言語を母国語としないIR担当者にとって難しいテーマですが、今求められている経営者の責任感、自主性、自信、信念などの非財務的情報を記述するときには、対象国の人々の言語観を大切にしなければなりません。受動態、名詞化した動詞、否定形・二重否定、主語の省略、これらは日本語ではしばしば丁寧さの観点で好まれますが、外国語においては責任感、自主性、自信、信念を疑わせる原因となる可能性があります。

コロナ禍を機に、投資家、特に海外投資家とのコミュニケーションにおいては、言葉による情報伝達が成功のカギとなります。企業の本質をプレイン・ランゲージの10のポイントを使いながら表現することによって、IR情報の質を「伝わる」という観点において飛躍的に高めることができると信じています。

次回は、プレイン・イングリッシュを書くためのコツを更に掘り下げるとともに、プレイン・ジャパニーズについてお話しします。

執筆者紹介:
浅井満知子氏

株式会社エイアンドピープル 代表取締役
青山学院大学経営学部卒業。同大学大学院 国際政治経済学研究科修士課程修了。
IT企業を経て、翻訳会社に入社。
1998年翻訳・通訳会社「エイアンドピープル」を設立。英文IRを強みとする。2000年に日本の大手自動車メーカーのインド進出に向けた、英文ドキュメントをプレイン・イングリッシュ仕様で作成する要請を受け、プレイン・イングリッシュの戦略的で効果的な英文コミュニケーションを研鑽する。
2010年から、日本IR協議会の支援のもと、上場企業の広報IR担当者向けのプレイン・イングリッシュのセミナーを毎年東京と大阪で開催。
2019年4月に、日本初のプレイン・イングリッシュの普及推進団体JPELC(ジャパン・プレイン・イングリッシュ・アンド・ランゲージ・コンソーシアム)を設立。2019年11月よりISO/TC37/WG11(Plain Language Project)ドラフト作成委員会委員。

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