

フィナンシャルタイムズと英国ロンドンの広告研究所The Institute of Practitioners in Advertising(IPA)が共同で研究した論文の第5回目、今回が最終回になります。テーマは不況期のマーケティング投資のあり方。不況になると削減されがちなマーケティング投資ですが、そういった時期でも継続することが、景気回復期の売り上げ伸長と利益拡大、シェア獲得に重要であることを、データによって明らかにしています。
質問「広告の再開は景気回復に合わせて?」 答え「その3カ月前から」
ブランディングの効果は、後にならないと分かりません。不況は国内総生産が2四半期連続減少すると認定されます。
同様に、ブランディングにより売り上げが伸び、シェア(市場占有率)が高まるまでには、少なくとも2四半期かかります。いまマーケティング投資を決めても、その効果が分かるのは来年以降ということになります。
経済の先行きは分かりませんが、マーケティング投資が不足したブランドの先行きははっきりしています。好不況にかかわらず、マーケティング投資の削減は短期的にブランドを弱くし、長期的に売り上げと利益率の伸びを鈍化させます。ブランドに景気回復の恩恵を十分に与えるには、景気が回復する前にマーケティング投資を再開しなくてはいけません。
不況期の広告投資が回復期の利益に
マーケティング投資の削減は、支出に慎重であるべき不況期でもリスクがあります。図1のデータは、Profit in Market Strategy(PIMS)が2001年とその前の不況期に1,000社から収集したものです。
収益力を示す使用総資本利益率について、2つの不況期を対比させています。調査対象企業は、不況期における市場規模に対するマーケティング投資の割合で「削減」「維持」「増加」の3つに分類しています。
景気回復時の使用総資本利益率は、不況期にマーケティング投資を増加させた企業群ほど高くなり、またシェアも高まりました。

マーケティング投資の削減は自社を弱らせ競合他社を利する
今の不況は経済的要因ではなく、コロナウイルスの感染拡大を防止するための政府規制が原因なので、これまでの不況とは違うと主張する人がいます。
旅行、飲食・サービス、レジャーなど大混乱に陥っている業界は、事態が好転するまで資金の流出を抑え、事業を何とか存続させる以外に選択肢はありません。
しかし、どのような理由であっても、マーケティング投資を削減するとブランドが弱体化し、競合他社を優位にするという「二重の脅威」にさらされます。
広告をやめるとブランド力が低下し、様々なイメージ指標が悪化します。
IPAの論文「不況期における広告活動」 でミルワード・ブラウン氏は、6カ月以上テレビCMを出稿しなかったブランドの60%で、ブランディング指標のうち少なくとも1つが低下したと指摘しています。
一方、競合ブランドよりも多くの広告を出稿しているブランドは、シェアを大きく伸ばしています。
ESOV(Extra Share of Voice:広告投入量シェア)を調べるとその様子がよく分かります。この指標は、ある製品カテゴリーでの全広告量を分母とした当該ブランドの広告量の割合です。広告効果はGRPなど絶対量ではなく、競合ブランドと比べた相対量で決まるという考え方です。
不況期には広告費は割安になり、メディアへの掲載料金が少なくて済みます。つまり、あるブランドが広告費を削減した場合、競合ブランドは予算を維持するか、若干の削減にとどめることで、ESOVを大きく伸ばせるということです。
リンクトインのB2B研究所マーケティングコンサルタント、ピーター・フィールド氏は2008~09年の不況に関連したIPA Effectiveness Databankの事例を分析し、この傾向を確認しました。

図2に示すように、不況期に広告を出稿してESOVを8%以上上昇させたブランドは、その後大きく利益を伸ばしました。シェアを拡大させたブランドも数多くありました。
いま広告関連の投資を削減し、景気回復を待って売り上げを回復させようとしているブランドは、売り上げを伸ばし、シェアを高める好機を逃すことになります。不況が長びくほど、広告関連投資の削減によるダメージが大きくなることが、いずれ明らかになるでしょう。