カンヌライオンズ沖縄会議
広告の新潮流 パーパス問う 企業価値向上へ挑戦さらに~
国際的な広告賞、カンヌライオンズの日本事務局を務める日本経済新聞社は2021年12月、沖縄県名護市で2日間にわたり「カンヌライオンズ沖縄会議」を開いた。世界が新型コロナウイルスとの戦いに直面して20年の審査は中止、21年はオンラインでの実施となるなど、広告業界も新常態の波に洗われる中、自社の価値向上のカギとなるパーパス(存在意義)を確立し、それを投影した広告コンテンツを通じていかに有効なブランディング戦略を展開していくか―。関係者、識者の議論からは、企業にさらなる模索と挑戦を問うクリエイティブの新潮流が浮き彫りとなった。
コロナ下でも広告は進化
カンヌライオンズ会長
フィリップ・トーマス氏

カンヌライオンズ会長
フィリップ・トーマス氏
新型コロナウイルス感染の拡大が始まって以降、世界は明らかに今までと異なる速度で移り変わっている。2020年/21年のカンヌライオンズ表彰前には広告の質が落ちないかという懸念があったが、実際に私たちが見た作品はアイデアの質、制作の質、仕上げの質、どれをとってもこれまでを上回っていた。
これにはeコマースやUXに対する消費者行動が大きく変容したことが影響している。実際、クリエイティブeコマース部門へのエントリー数は12%も増加している。
デジタル、eコマース、UX、モバイル。これらすべてはマーケッターやブランドが理解しなければいけない重要分野だ。これらの分野では、今後ますますイノベーションが進んでいくだろう。
デジタル広告の課題と今後
Comexposium Japan 代表取締役社長/ad:tech tokyo 事務局代表
古市 優子氏
データ管理 経営レベルで

Comexposium Japan 代表取締役社長/
ad:tech tokyo 事務局代表
古市 優子氏
デジタルマーケティング分野で2021年最も人気のあったテーマは「クッキーレス」だ。世界では欧州の一般データ保護規則(GDPR)が始まった18年以来、取り上げられている。
GDPRは日本の個人情報保護法より桁違いに厳しく、数十億規模の制裁金が科された例もある。米国もこれに追随、中国も独自の規制を始めており、日本にも必ずその波がやってくる。
「アドフラウド」「ブランドセーフティ」「ビューアビリティ」「アドエクスペリエンス」「オンターゲット率」など日本の広告業界のデジタルの課題を考えるとデジタル広告の品質問題の深刻化が浮き彫りになる。対策を急ぎたい。
だが日本でデジタル広告の品質問題の優先度は高くない。対策をとらない企業の理由では「予算がない」が最多だが今、予算をかけないといずれ大きな問題に発展し、莫大な費用がかかる。
世界ではデータ管理の方法やブランドコミュニケーションの判断ができる企業かどうかが経営課題にもなっている。経営レベルでデータに関する問題を理解し、現状に生かせる必要がある。
とはいえ市場の健全成長を目指すデジタル広告品質認証機構(JICDAQ)設立など国内の環境も改善している。デジタルの課題に興味を持ち、対策を始めてほしい。

カンヌライオンズ現在、過去、未来
銀河ライター
河尻 亨一氏
ライトパブリシティ 代表取締役社長
杉山 恒太郎氏
「ソーシャルグッド」が付加価値生む

銀河ライター
河尻 亨一氏

ライトパブリシティ 代表取締役社長
杉山 恒太郎氏
河尻杉山さんの代表作に小学館のテレビCM「ピッカピカの一年生」があります。革新的でした。
杉山ビデオという新しいテクノロジーを誰よりも早く使いたいという気持ちで制作したのですが、それがいわゆる広告殿堂入りした理由の「広告はジャーナリズムだ」と初めて言い切ったのが僕だったということにつながったようです。クリエイティブの基本は人のやっていないことをやりたいということだと思ってやってきました。
河尻カンヌでは広告のジャーナリズム性を強く感じます。
杉山広告は説得する仕事だと初めて実感したのがカンヌでした。今まで見ていたものが突然違って見えてくる表現手法、何より視覚言語が重要なんです。絵を言葉のように扱えないと世界で通用しないと学び、やはり世界に届きたいと思ってナレーションのない広告を作ったところ、米国でも流れた公共広告になりました。公共広告は広告の力を証明するための、広告の広告だとも気づきました。
河尻現在の「パーパス」の大流行はどうみますか。
杉山行き過ぎとの声もありますが、社会に良いインパクトを与える「ソーシャルグッド」の視点で広告表現に新たな価値が付加されます。表現者は表現することが愉(たの)しいのですが、ソーシャルサービスをしているという自覚は必要でしょう。
河尻広告産業は新時代を迎えています。
杉山今はブランディングの時代で、この10年のテーマは「経営とデザイン」つまりブランドでしょう。ブランドを考えることは社会と向き合うことにならざるを得ません。
河尻現在の広告界に求めることは。
杉山挑戦する気持ちと視野を広くすること。今はソーシャルグッドを感じさせないと人を説得できませんが、表現はあくまで魅力的でチャーミングであるべきです。
河尻ご著書『アイデアの発見』の冒頭に広告代理店BBHのJ・ハーディ卿の言葉を引いていますね。
杉山「最近の広告界のモンダイは新しいものをもてはやし歴史を振り返って、そこから学ぼうとしないことだ」です。
河尻次のカンヌは歴史を生かして新しいことをやろうとする人が勝ちそうな気がします。日本からもぜひ勝ちに行ってほしいですね。
カンヌライオンズ解説 カンヌから見た世界の風景
河尻 亨一氏
事業と社会の両立 主流に
20世紀までの広告はグッズ(商品/財)と消費者のことを考えていればよかった。リーマン・ショック後に、ソーシャルグッドの潮流が生まれ、やがて「パーパス(存在意義)」という経営思想に合流した。カンヌは今「そのブランドは社会にとって"何のために"存在しているのか」を問われる場になってきている。
それにつれクリエイティブもアップデートする。現在のクリエイティブのOSはパーパスで、受賞作はその中で動くアプリのようなものだ。そんな"アプリ"として、2020年/21年のカンヌではスウェーデンの企業で女性の衛生用品を扱うエシティが女性の生理事情を克明に描いたネットコマーシャル「子宮の物語(#WOMBSTORIES)」が最も高い評価を得た。生理を社会全体の課題としてオープンに捉えた上で、エシティは女性の痛みに寄り添う"ために"存在することを伝える表現がポイントだった。
ナイキは理念的なダイバーシティー&インクルージョンを、ノンバーバルに伝わる映像で上手に表現した。スポーツの現場を題材に「私たちが一つになれば誰も私たちを止められない」というメッセージを発信した。
カンヌに見られるパーパス化の流れは押しとどめられない。事業の成功と社会貢献は対立軸ではなく両立させることが必要だ。カンヌでの現象は社会と経営の変化に対するクリエイティブの側からのアンサーだといえるだろう。これが世界から見た広告の風景であり、実は日本も既に変わり始めている。
21年カンヌ審査からみる、クリエイティビティの未来
電通 グループ・クリエーティブ・デイレクター
志村 和広氏
未来の「当たり前」創る

電通 グループ・クリエーティブ・デイレクター
志村 和広氏
自分は2020年/21年、クリエイティブ・データ部門の審査を担当した。今回、審査委員長が示した方針は「動かすデータ」。それは単なるデータによるマーケティングの効率化やデータを活用した美しい表現ではなく、データが人の行動に大きく影響を与え、実際に世の中や社会を動かした仕事を選ぼうという掛け声だと解釈し、審査に臨んだ。
グランプリは「SAYLISTS」。発音障害を持つ子供のトレーニングに音楽を使おうという企画だ。苦手なフレーズを言い続ける退屈さを克服するために、発音矯正につながる音楽データを解析。歌うこと自体がトレーニングにつながる新しいプレーリストを生成した。このアイデアは新しいとか、面白いだけでなく、確かな課題解決策を提示していた。
カンヌは数年後の広告業界の未来を予測するとても良い場所だ。審査を通じ、これからのクリエイティブの仕事には、①データやAIが当たり前の手段になる②企画力に加えて、実現力が求められる③これまで以上に真の課題解決を問われる―を感じた。
ここ数年で、「クリエイティブの仕事」の定義も変わってきた。我々の仕事は、アイデアによって、まだ世にない価値を創る仕事、数年後の当たり前を誰よりも先に創っていく仕事になると感じている。楽しみだ。
パーパスをファイナンスに繋ぐブランディング
インターブランドジャパン CEO
並木 将仁氏
野心的で期限付きの中間目標を

インターブランドジャパン CEO
並木 将仁氏
会議では、多くの企業が探るブランディングのカギとなるパーパス(存在意義)を考えるセッションも開いた。冒頭、日本経済新聞社の牧江邦幸広告・イベント企画担当が「経営者ゴト化したブランドコミュニケーション」と題して導入スピーチを行い、インターブランドジャパンの並木将仁CEOが講演した。
当社はブランディングに特化した世界的エージェンシーで、ブランド価値が高い内外のトップ100社を発表している。2021年の日本のトップ100に入った55社の経営者に聞いた結果「パーパスが重要」「ブランディングはイメージからアクションへ」「ブランドが担う役割の増加」「共創という視点と価値提供」という4テーマが浮かび上がった。
パーパスが経済価値につながるには、確固たるイメージの確立が重要になる。土台はパーパスが人を動かし、人がブランドをつくり、それが人の行動変容を促し、企業価値につながるということ。従業員、顧客共に企業の姿勢・考え方に納得・共感することでパーパスの求心力も高める。
それにはWHATの提供ではなく、顧客のWHYに応えることを考えてほしい。パーパスを考えるときには、産業や業界を「フィールド」に、組織能力は「役割」に、倫理は「理念」と捉える視点を持つことでより具現性を持たせられる。
パーパスは抽象的なものが多く、どう行動すればいいかわからないとの声も聞く。でも人が自分の行動を修正するには明確なパーパスが必要だ。
パーパスを行動に落とし込むためには、普遍的なパーパスを、より野心的で期限付きで、KPI(重要業績評価指標)で進展を測ることができるアンビション(中間目的地)への落とし込みが有効だ。それに従って、成長テーマの設定や体験の目的設計も大事になる。
成長テーマは、どのようなストーリーでアンビションにたどり着くかの軌道を考えて策定する。具体的かつ現実的な施策がない限りパーパスは実現できない。事業として何をなすのかを考えることはブランディングで最も重要になる。アンビションは数値や機能的価値だけなく、情緒的価値や精神的価値も入れておくことが重要だ。クリエイティブを考えるときには、ブランドから受ける体験の印象をしっかり設計することもカギになる。
ブランドの意味は、情報の記号化に始まり、価値の訴求、体験の価値化、体験の個人最適化へと変化してきた。人の気持ちを動かし、行動を変えることを企業はブランドを介して担ってきた。これからは自己変革を支援し人を変えることがブランドに求められ、それがパーパスをブランドとして掲げる意味になる。だからこそ人間理解をスタート地点として、競争戦略ではなく、人との関わりから導く成長戦略をたてるべきだ。人間に関わるインターフェースがブランドになり、人間が成す事業成長と社会変革のためにパーパスがカギになるわけだ。
次の一歩へのアクションアイデアとしては「企業主体だけでない、人々に意味のある在り方を創るために顧客を巻き込む」「意味を創るため、コーポレートブランドが果たせる役割を明確にすると同時に、体験にも意義を創る」「自己比重と相手比重のバランスを決める」「組織を動かすドライバーとしてブランドを位置づける」「評判と実態をブランドとして創る」などだ。
ブランドは、顧客が見たいと思う世界を自ら実践することを機能的にも情緒的にも心理的にもサポートする価値がある。22年に日経と当社が共同で取り組む「パーパス経営調査」を実施するので、ご期待いただきたい。

世界で戦うアイデアはタイトルで決まる
TBWA/HAKUHODO エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター
近山 知史氏
矛盾解決のアイデア 一言で

TBWA/HAKUHODO エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター
近山 知史氏
カンヌライオンズのカテゴリーはどんどん変わり、時代を終えたものは消えていく。2018年はサイバー部門とインテグレーテッド部門(統合部門)が廃止になった。サイバーや統合が当たり前の今、タイトルはただの「作品名」ではいられなくなった。タイトルは仕事全体を表すコアアイデアであり、人を巻き込むための一行になった。
2020年/21年のカンヌで際立っていたタイトルの一つに、コロナ禍で称賛を浴びたメッセージがある。ユニリーバはマスクの跡がついた医療従事者の顔の写真に「Courage is beautiful 勇気は美しい」というタイトルを付けた。「私たちはこれを美しいと思う」というように、美意識を言葉にすることがブランドの指針となる良い例だ。
ブラジルのスターバックスの「i am」は、パーパスを考える上で多くのヒントが詰まった仕事だ。ブラジルではトランスジェンダーが名前を変更するのに非常に苦労していることから、店舗を合法的に無料で名前変更ができる公証人事務所に変えたのだ。顧客の名前を尊重しカップに名前を書いて渡す同社のサービスがこのキャンペーンにつながっている。
これからはソーシャルビジネスの時代だ。様々な矛盾を解決することが求められる。まだみんなが結びつかないと思っていることを同時にやることがビジネスの本流になるだろう。ナイキの再生素材のスニーカーや、パタゴニアのつぎはぎウエアなども良い例だ。「自分がやる」という強い意志は、存在意義と課題意識から始まる。
仲間が手掛けた仕事で紹介したいのがDreamsの「PocketSoap」。子供たちがゲーム感覚で手を洗い30秒で使い切るウイルスの形のせっけんだ。既存のモノの形を疑い、長持ちが価値だったせっけんを30秒サイズにした。自分が手がけている寛容な社会をつくるソーシャルアクションで「注文をまちがえる料理店」も展開中だ。自分のアイデアをどんな一言で定義するか考えてみてほしい。
VUCA時代のクリエイティビティ
~キンチョウに見るブランド戦略~
電通関西支社 クリエーティブ・デザイン局 グループ・クリエイティブ・ディレクター
古川 雅之氏
日本経済新聞社 広告IoT推進部 部長
村山 亘
恐れず正直に、柔軟に

電通関西支社 クリエーティブ・デザイン局 グループ・クリエイティブ・ディレクター
古川 雅之氏
会議では時代に即したクリエイティブを探るセッションも開催。2021年日経広告賞で大賞を受賞したキンチョウ(大日本除虫菊)の広告を題材に、制作した電通関西支社の古川雅之クリエーティブ・ディレクターと、日経の村山亘広告IoT推進部部長が議論した。
村山キンチョウの広告は新聞広告が褒められているのか、けなされているのか微妙でしたがインパクトがありました。意識した点は何ですか。
古川キンチョウはインパクトCMで世の中の話題になった成功体験が多く、常にハードルが高いんです。しかし基本は、いかに無視されない広告を作るかです。最近は、世の中の「スルーする力」が日々増していてそう簡単には見てもらえないので。
村山テレビCMはどうでしょう。
古川キンチョウのCMは過度に商品を褒めすぎず、逆に自虐もいとわない。「虫コナーズ」第3弾のコピーは「どうせ、ぶらさげるなら キンチョウ虫コナーズ」。ユーモアの中で本当のことを言っているんです。
村山クリエイティビティを阻害する要因もありますね。
古川企業の宣伝部は、社内の説得がいちばん大変だと聞きます。キンチョウのすごいところは、「競合しない」「調査に頼らずにその場で決める」「良い方向になら柔軟に企画を変えていく」。なかなかマネできないですが、任せられれば制作側も失敗できないので。
村山今後はどうなっていくでしょう。
古川データ重視の時代ですが、感性も忘れてはいけないと思います。軌道が読めないパンチを繰り出す方が社会を動かす場合もある。企業は多様化する消費者に振り回され過ぎず、信念を見直しては。キーワードは「正直」。関西には本音という文化があって、ふざけているように見えても芯が正直であれば信用を得やすいと思います。

Spikes Asia オンライン開催のお知らせ
スパイクスアジアは、ヨーロッパのEurobest(ユーロベスト)、中東のDubai Lynx(ドバイリンクス)と共に、カンヌライオンズの地域版フェスティバルとして、毎年シンガポールで開催されるアジア太平洋地域を対象とした、アジア地域最大級の広告コミュニケーションフェスティバルです。2022年は3/1-3/3までオンラインにて開催します。