コラム

なぜ今、IRを強化すべきなのか vol.1

東証が上場企業に対し、インベスター・リレーションズ(IR)の強化を呼び掛けている。2025年7月にも、IR担当部署・担当者の設置を義務づける計画だ。日本市場の国際的競争力を取り戻すために、東証が重ねてきた10年越しの改革の集大成ともいえる。PBR1倍割れが常態化する中、東証の危機感は強い。今回、日本IR協議会特任研究員・杉由紀氏に寄稿していただき、3回にわたって「なぜ今、IRを強化すべきなのか」について掘り下げていく。

IR体制の整備が義務化へ、東証方針

上場企業に衝撃走る

4月9日の夕方、日経電子版が「イブニングスクープ」として配信した記事「IR部署・担当者、東証が上場企業に義務付け 違反は罰則」(日経電子版記事へリンク/会員登録が必要です)に、上場企業の財務担当者の間に衝撃が走った。筆者が特任研究員を務める日本IR協議会にも問い合わせが相次いだ。

記事の概要は以下のようなものだ。

  • 東京証券取引所(以下東証)は、この7月にも企業行動規範の「順守すべき事項」を改訂してIR体制の整備に関する新たな項目を設けることを検討している。
  • 近くパブリックコメント(意見募集)を行った上で、IRの責任者としての担当役員、担当部署と専任の担当者を置き、決算説明会や説明資料の充実を義務付けることを狙う。

記事の時点では、東証による正式な発表ではなく、あくまでも日経の観測記事であった。しかし、記事の内容が具体性に富んでいたことから、信ぴょう性が高いものと受け止められたのである。

公式に東証が動いたのは4月30日だった。IR体制の整備を2025年7月から義務付ける方針と発表したのである。発表文書では、「依然としてIR活動自体を実施せず、そのための体制を整備していない企業も一部存在する」と厳しい表現を使っている。具体的には、上場企業が発表しているコーポレートガバナンス報告書に、IR部署・担当者の設置について記載することを求め、IR体制が全く無い場合は社名公表等の措置を行う場合があることも明記された。IR体制が無くても上場制度そのものには違反しないとしつつも、時価総額が成長性を反映して向上するためには、説明会や個別面談といった投資家との対話が重要であることを強調している。

東証はなぜそこまで踏み込むのか

IRの部署、担当者の設置といった企業の組織体制にまで踏み込むほど、東証の危機感は強い。

2023年3月には、「資本コストや株価を意識した経営の実現」を求める要請を発表した。上場企業の過半数でPBR(株価純資産倍率)が1倍を割れていたことに危機感を示し、資本政策や成長戦略の策定や、投資家に対しての情報発信、議論が十分ではない企業が多いことがその要因だとして、対策を求めたものだ。

東証がなぜ企業の取り組みに対してここまで踏み込んで要請するようになったのかを理解するためには、2013年までさかのぼる必要がある。

東証は現在、日本取引所グループの子会社である。日本取引所グループは、2013年1月に東証と大阪証券取引所(現在は大阪取引所)が経営統合して発足した。金融取引の電子化、グローバル化が進み世界の取引所の合併が相次ぐ中で、日本の金融市場の競争力を高めることが目的だった。統合時の発表資料等によれば、規模の拡大、取扱い金融商品の多様化、取引システムのコスト削減などによって競争力を高め、取引参加者の利便性を向上すること挙げられた。

当時は、NYSEユーロネクストが各地の取引所を次々と合併し巨大取引所となっていた。また、上海取引所、シンガポール取引所などアジア勢も急成長していた。いかにして日本の株式市場の中心である東京市場の競争力を上げるかが、新生日本取引所の傘下となった東証の中心課題となったわけである。

東証による東京市場改革の取り組みとして最初に打ち出されたのが、2015年6月に金融庁と共同で発表したコーポレート・ガバナンス・コード(以下CGコード)だ。従来からあった上場の条件を定めた有価証券上場規定から大きく範囲を広げ、「株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」、つまり経営の仕組みそのものに関する原則を定めたのである。

主な内容は、①株主の権利・平等性の確保、②株主以外のステークホルダーとの適切な協働、③適切な情報開示と透明性の確保、④取締役会等の責務、⑤株主との対話、の5項目。具体策として、 社外取締役の選任、経営の透明性確保体制、株主との対話(エンゲージメント)の促進などである。


東京証券取引所の主な市場改革

CGコードは、2018年、2021年と2度改訂をしている。2018年改訂では、独立取締役を複数選任すること、株主との対話(エンゲージメント)を促進するために経営戦略や資本コストなどより広い情報開示に努めること、取締役会の実効性と透明性の向上などが追加された。

2021年の改訂では、より具体的で踏み込んだ内容が盛り込まれた。独立社外取締役を3分の1以上とすること(プライム市場)、従業員の多様性の確保、サステナビリティ課題への取り組みと開示、英文開示の促進などで、特に2022年4月の市場区分の再編をにらみ、グローバル投資家を対象とするプライム市場についての規定が目立った。

並行して、金融庁も「投資家と企業の対話ガイドライン」を発表するなど、東証と足並みを揃えてきた。こうした取り組みによって、独立取締役数が増加し、株式の過剰な持ち合いや親子上場が減少してきたのは広く知られているとおりである。現在、プライム市場では、取締役会の3分の1以上を独立社外取締役とした企業は98%に達した。

しかし、小林製薬やフジ・メディア・ホールディングスの問題でも見られたように、社外取締役が監督機能を十分に発揮できる状態にはない例が散見される。東証の危機感はおさまるどころか、むしろ高まっているのが実情なのである。

※本コラムは筆者個人の見解および分析に基づくものであり、所属する団体や教育機関の公式見解を示すものではありません。

日本IR協議会特任研究員

杉 由紀氏

ビジネス誌記者、外資系証券会社および国内系・外資系の資産運用会社アナリストを経て、アリアンツ・グローバル・インベスターズ・ジャパンで日本株式調査部長を務めた。現在は企業のIRアドバイザーを務めるほか、日本IR協議会特任研究員として、企業のインベスター・リレーションズや経営戦略策定等のアドバイスを提供する。

キーワード
CONTACT US

まずはお問い合わせください

貴社の課題にあわせて様々なご提案をいたしますので、
まずはお気軽にご相談ください。

成果がわかる 広告事例集