コラム

逆境時こそIRの見せどころ

業績の悪化や不祥事、市場環境の急変など、企業には避けられない逆風がある。そのような局面で株価が必要以上に下落する企業と、市場から一定の理解を得られる企業の違いは何か。逆境時にこそ真価を発揮するIRの役割を、日本IR協議会特任研究員・杉由紀氏に解説してもらった。

「悪いニュース」そのものより、「想定外」が株価を動かす

原材料価格の高騰、為替変動、主力製品の需要減少、生産設備のトラブル――。経営陣がどれほど慎重に事業を運営していても、予期し得ないネガティブな出来事を完全になくすことは難しい。そのような局面で、株価が必要以上に下落し、市場からの信頼まで失う企業がある一方、投資家が冷静に業績回復を待つ企業もある。この違いを左右するのがIRの力だ。むしろ、追い風が吹いている時よりも、逆風の中でこそIRの真価が問われる。

決算発表を例に考えてみよう。株価は、発表された業績の絶対値だけで動くわけではない。市場が事前に抱いていた期待と、実際に示された数字や情報との差によって動く。例えば、減益決算であっても、その可能性があらかじめ認識され、減益の理由や回復への道筋が市場に理解されていれば、株価への下落圧力は限定的になり得る。一方、大幅な増益であっても、市場がそれ以上の成長を期待していれば、株価は下落することがある。

つまり、市場にとって大きな問題となるのは、単に「業績の悪化」ではない。「想定外」なのである。どこまで業績が悪化するのか分からない、会社が事態を把握し対処できているか分からない、経営陣の説明がいつ出てくるか分からない――。こうした「分からないこと」の増加が、株価の大きな変動を招く。

そこで重要になるのが、IRにおける「期待値マネジメント」である。「期待値」を「マネジメントする」というと、誤解する経営者がいるのだが、投資家の期待を意図的に低く抑えたり、都合よく誘導したりすることではない。企業を取り巻く環境、成長機会、業績に影響するリスク、経営上の課題を継続的に説明し、市場が合理的な前提に基づいて将来を予測できる状態をつくることである。良い情報だけでなく、悪い情報も含めて判断材料を提供する。それによって、会社と市場の認識のずれを小さくすることが、期待値マネジメントの本質だ。

期待値マネジメントが株価に影響する仕組み

適切な情報開示は資本コストを下げる

悪い出来事が起きた時、企業は「事実関係が完全に固まるまでは説明しにくい」と考えがちだ。もちろん、不確かな情報を断定的に発信することは避けなければならないが、企業が情報を出さない間にも、市場では報道、業界情報、取引先の動向などを材料に推測が広がり、株価が必要以上に下落する可能性がある。

悪い情報が突然発表される、説明が後手に回る、経営陣の発言がその都度変わるといった状況が続けば、投資家はその企業に高い「不確実性」を見込む。その結果、同じ利益やキャッシュフローを生み出す企業であっても、その不確実性の分だけリスクプレミアムが上乗せされ、投資家が算定する企業価値や目標株価は押し下げられる。株主資本コストの考え方に照らしても、この点は重要だ。市場全体に対する株価の感応度を示すベータ(β)が高まれば、株主資本コストを押し上げる要因となる。情報の不透明さを減らすことは、経営の自由度を確保するうえでも重要なのである。

重要なのは、「確定している事実」と「現時点での見通し」と「まだ分からないこと」を分けて説明することだ。例えば、生産設備のトラブルであれば、発生日時や対象設備、人的被害の有無といった事実に加え、操業への影響、代替生産の可能性、顧客への供給、復旧時期、業績への影響などを説明する必要がある。初期対応の時点では、正確な損失額を算定するのが難しいのは当然だ。しかし、暫定的な見通しであることを明示したうえで、どんな条件が影響を与えるのかを示すことが求められている。

業績予想も同様だ。見通しが不透明だからといって、予想を開示するか、しないかの二者択一で考えるべきではない。投資家が求めているのは、必ず当たる数値ではない。企業が何を認識し、どのような前提で経営判断をしているのかを理解するための材料だ。「これらの前提条件が続いた場合には、業績はこの範囲になる」などと説明すれば、投資家は得た情報をもとに分析を進め、予測を立てやすくなる。たとえ不確定要素が多くても、こうした開示の努力は、経営陣が不測の状況にあっても迅速、柔軟に対処していることを示すことができるので、経営陣への信頼度が改善する効果もある。

適切なIRが直ちに株価の回復につながるわけではない。それでも、情報の非対称性を小さくし、経営の予測可能性を高めることを通じて、株価の過度な変動を抑え、資本コストを下げ、事業や戦略を評価する長期投資家を引きつけやすくなる。

危機対応で評価される企業に共通すること

経営環境の激変や事業の思わぬトラブルといった危機時のIRで大切なのは、楽観的な見通しを示して投資家を安心させることでも、問題を小さく見せることでもない。厳しい事実を認めたうえで、会社が何を把握し、何が未確定で、今後どのように対応するのかを明確にすることである。例えば、日本IR協議会が選定するIR優良企業賞の受賞企業の中には、東日本大震災や新型コロナウイルスの感染拡大など、予期せぬ厳しい経営環境にさらされ、業績が悪化したにもかかわらず、投資家・アナリストからの評価を高めたところも少なくない。

厳しい局面でも情報開示の姿勢を後退させず、市場との信頼関係を維持した企業に共通するのは、以下の4点だ。

  1. 悪い情報や不確実性から逃げず、分かっていることを早く示した
  2. 数字だけでなく、数字の前提や背景を説明した
  3. 予期せぬ災害や事故について、一度の発表で終わらせず、経営トップや財務責任者が継続的に市場へ説明した
  4. 投資家が将来を予想するための材料を提供した

業績が好調な時には、説明が多少不十分でも市場が好意的に受け止めてくれることがある。しかし、業績が悪化した時には、それまでに築いてきた信頼の厚みと、IRの基本姿勢がそのまま表れる。逆境時にこそ、IRの腕の見せどころがある。

日本IR協議会 特任研究員

杉由紀

ビジネス誌記者、外資系証券会社および国内系・外資系の資産運用会社アナリストを経て、アリアンツ・グローバル・インベスターズ・ジャパンで日本株式調査部長を務めた。現在は企業のIRアドバイザーを務めるほか、日本IR協議会特任研究員として、企業のインベスター・リレーションズや経営戦略策定等のアドバイスを提供する。ピクシス合同会社代表。博士(経営情報学)。

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