コラム

社内IRとは何か Vol.2

エンゲージメントは、もはや「働きやすさ」や「従業員満足度」のだけの話ではない。エンゲージメントの高低は、生産性、収益性、離職率などの業績指標に直結することが明らかになっている。社内IRは、戦略・財務・業績ドライバーといった「経営の文脈」を社員と共有し、真の意味でエンゲージメントを高めることができる経営インフラだ。強い組織作りに役立つ社内IRを、日本IR協議会特任研究員・杉由紀氏に解説してもらった。

社内IRの企業価値向上効果

社内IRはエンゲージメントを向上させる「組織インフラ」

社内IRの効果を語るとき、「社員の理解が深まる」「意識が高まる」といった表現で終わってしまうことが多い。しかし、社内IRの本質的な価値は、意識改革ではなく判断基準の変化にある。社員の判断が変われば、組織の動きが変わる。社内IRは、その判断基準を全社で揃えるための“組織インフラ”だと捉えるべきだ。

鍵となるのが、第1回でも触れた Line of Sight(LOS) である。LOSとは、社員が「自分の業務が会社の戦略や財務目標とどうつながっているか」を理解している状態を指す。LOSが高い組織では、戦略が単なるスローガンではなく、現場の判断基準として機能する。

例えば、営業現場を考えてみよう。売上目標だけが共有されている組織では、短期的な数字を優先する判断が増えやすい。一方、利益率や資本効率、将来投資との関係まで社内IRで共有されていれば、同じ営業担当者でも「この案件は本当に会社の価値を高めるか」という視点で判断するようになる。これは意識の問題ではなく、情報の前提条件が変わった結果としての判断の変化だ。

例えば、ある製造業の会社は、社内IRの一環として、「現場の改善が会社の業績のどの財務指標にどう効くのか」を可視化した。すると、これまでコスト削減の号令に消極的だった現場でも、自発的な改善提案が増えたという。理由は単純で、何のために改善を行うのか、どこに効くのかが「腹落ち」したからだ。

こうした変化は、個々の社員の能力が急に高まったからではない。経営の視点が現場に下りてきた結果である。社内IRは、社員一人ひとりに「経営者の視点」を持たせる。その積み重ねが、組織全体の意思決定の精度とスピードを引き上げる効果をもたらす。

エンゲージメントを「実利」に変える社内IR

エンゲージメントという言葉は、日本企業でもすでに一般的になった。しかし現場では今なお、「従業員満足度」「働きやすさ」「福利厚生の充実」といった文脈でだけ語られることが多い。つまり、エンゲージメントは業績とは切り離されて扱われている。しかし、Gallup社によるエンゲージメントと業績の関係の大規模調査は、これが誤った認識であることを示している。(注)

レポートは、Gallupが世界中で過去30年超にわたって行ったエンゲージメント調査をもとに、54業種・96カ国・約270万人の従業員、11万超の事業ユニットのエンゲージメントと業績指標の関係を分析している。結論は、エンゲージメントの高い組織は、業績面でも一貫して優位に立つというものだ。具体的には、エンゲージメント上位25%のチームは、下位25%と比べて、

  • 生産性が14~18%高い
  • 収益性が23%高い
  • 離職率が18~43%低い
  • 欠勤が81%少ない
  • 品質不良が41%少ない

という結果が示されている。これは明確な差といえる。「働きやすい職場だから気分よく働ける」というレベルの話ではない。

Gallupによれば、成果を分けるのは、①何が期待されているかを理解しているか、②自分の仕事が組織の目的や戦略と結びついているか、③自分の強みを活かして貢献できているか、の3点だ。つまり、エンゲージメントとは社員の感情管理ではなく、戦略理解と主体性、つまり論理的な面を測定するものといえる。
    
これで、社内IRとの関係に納得いただけたのではないだろうか。社内IRは、戦略・財務・業績ドライバーといった「経営の文脈」を社員に提供する活動だ。社員がその文脈を理解すれば、自分の仕事の意味が明確になり、判断の質が変わる効果が期待できるのだ。

不況期はエンゲージメントと業績の連動性が高い

また、Gallupは「エンゲージメントは不況期ほど業績との相関が強まる」とも指摘している。景気後退期や大きな環境変化の局面では、既存の社内ルールや指示だけでは組織は対応が後手に回ることも多い。戦略の背景を理解し、主体的に判断して環境変化に素早く対応できる社員がどれだけいるかは、企業の耐久力を左右する。ここでも、社内IRによる情報共有と対話の蓄積が、大きな意味を持つ。

重要なのは、エンゲージメントを「人事の指標」に閉じ込めないことだ。エンゲージメントは、戦略実行力と企業価値を高める経営指標であり、福利厚生を充実させるなどの「小手先」の対応だけでなく、社員が「何に向かって働いているのか」を理解してもらう。社内IRは、そのための重要な経営インフラなのである。

注:Gallup社「Employee Engagement and Performance: Latest Insights From the World's Largest study 」(外部サイトにリンクします)

※本コラムは筆者個人の見解および分析に基づくものであり、所属する組織の公式見解を示すものではありません。

日本IR協議会特任研究員

杉由紀

ビジネス誌記者、外資系証券会社および国内系・外資系の資産運用会社アナリストを経て、アリアンツ・グローバル・インベスターズ・ジャパンで日本株式調査部長を務めた。現在は企業のIRアドバイザーを務めるほか、日本IR協議会特任研究員として、企業のインベスター・リレーションズや経営戦略策定等のアドバイスを提供する。ピクシス合同会社代表。

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