コラム

社内IRとは何か Vol.3

社内IRの重要性や効果を理解しても、「では何から始めればよいのか」「どう運用すれば定着するのか」で立ち止まる企業は少なくない。社内IRはイベントではなく、継続的に回す「組織プロセス」ととらえることが重要だ。社内IRを形骸化させず、企業価値向上につなげるための設計、実行、そしてIRチーム自身の成長も視野に入れたアクションプランについて、日本IR協議会特任研究員・杉由紀氏に解説してもらった。

社内IRを成功させるには――実践編

社内IRを「組織プロセス」として設計する

社内IRを成功させるうえで、最初につまずきやすいのが、「とりあえず説明会を開く」ことから始めてしまう点だ。「参加者が少なかった」「質問など反応が少なかった」と、IR担当の方が力なく報告してくださることがある。しかし、社内IRは単発の説明会ではなく、組織に判断基準を埋め込むためのプロセスである。そのために、最初に設計すべきポイントが4点ある。

まず大事なのが「①目的の明確化」だ。中期経営計画を理解してもらう、戦略を浸透させるといった抽象的な目的では不十分である。

  • どの層の社員に
  • どんな判断ができるようになってほしいのか
  • どんな行動の変化を期待するのか

ここまで具体化して準備した方が、社内IRの効果を高められる。

次は、上記とも共通するが、「②社員セグメントの整理」だ。社員と一口に言っても、新入社員、現場社員、専門職、管理職では、必要な情報の粒度も視点も異なる。たとえば、新入社員に求められるのは「会社はどんな価値を生み、どこに向かっているのか」という全体像だ。一方、管理職には、事業への投資判断の背景や資本効率、事業ポートフォリオの考え方まで踏み込んだ理解が求められる。全社員に同じ話をするだけでは、LOS (注)は高まらない。

3点目が、「③メッセージフレームの統一」である。社内IRで伝えるべき情報は、大きく分けると

  • 戦略(どこで勝つのか)
  • 財務(どう価値を測るのか)
  • 業績ドライバー(何が成果を左右するのか)
  • 人的資本(誰が価値を生むのか)

の四つに整理できる。重要なのは、これらをバラバラに語らないことだ。戦略と財務、業績と人材を一本のストーリーで語ることで、社員は自分の仕事とのつながりを理解しやすくなる。

最後に忘れてはならないのが、「④外部IRとの整合性」である。社内IRは、社内向けだから別物ではない。むしろ、外部IRで語っているストーリーを、社員向けに翻訳し直す活動だと考えるのが適切だ。外部と社内で語る内容が食い違えば、社員の判断基準は揺らぎ、結果として外部IRの説得力も損なわれる。

社内IRの実行手段

設計ができたら、次は実行である。重要なのは、説明・対話・可視化を組み合わせることだ。

まず代表的なのが、決算説明会の社内版である。外部投資家向けに行っている決算説明を、そのまま、あるいは社員向けに噛み砕いた形で共有する。これに、中期経営計画の進捗説明や経営層による戦略タウンホール、部門長による事業別・部門別ブリーフィングを組み合わせることで、全社→部門→個人へと理解を段階的に落とし込める。

そして、欠かせないのが双方向の対話である。質疑応答はもちろん必要で、説明者である経営層が自分の言葉で質問に答えることで、理解が深まる、熱意が伝わるといった効果が期待できる。また、全体の質疑応答とは別に、登壇した経営層と少人数との意見交換の場を設けるのもよいだろう。経営層が想定していなかった認識のズレや不安が浮かび上がることもある。

さらに効果的なのが、PL・BSの「自分ごと化」である。多くの社員にとって、自分の仕事が財務諸表のどこにつながるのか体感できず、会社の決算数字は遠い存在になりがちだ。しかし、「自分たちの業務が、どの数字にどう影響しているのか」を可視化することで、理解は一気に進む。たとえば、原価改善が利益率にどう効くのか、廃棄ロスの削減、在庫回転がキャッシュフローにどう影響するのかを可視化するだけでも、現場の受け止め方は変わる。部門横断的な社内IRでは、会社の利益率に最も影響が大きい指標を2つ選んで深堀りしたり、部門別の社内IRなら、例えば製造現場では原価率や歩留まりを、店舗や販売では在庫回転率や廃棄ロスを取り上げてもよいだろう。さらには、説明会の後に、部門の社員同士で意見や感想を交換する場を設けるのも、活性化につながることが多い。

エンゲージメントのKPI化も重要だ。第2回で述べたように、エンゲージメントは感情論ではなく、経営指標である。社内IRの成果を、理解度、参加率、質問数、改善提案数といった指標で可視化することで、活動が属人的・場当たり的になるのを防ぐことができる。

ある小売系の企業では、店舗で働く従業員も社内IRに参加しやすいよう、スマートフォンからアクセスできる社内SNSプラットフォームを活用し、動画配信の形で社内IRを行った。従業員は業務の合間にスマホで動画を視聴し、「いいね」や「よくわからない」といった反応を気軽に返すことができる。経営側はその反応を通じて、どの説明が届いているか、どこで理解が止まっているかを把握できたという。結果として、経営数値や戦略は「一部のエライ人のもの」ではなくなり、活性化につながった。

社内IRは、IRチームの実力も高める

社内IRのもう一つの大きな価値は、IRチーム自身の成長につながる点にある。

社内IRを通じて集まる社員の声は、まさに「インサイド投資家」の視点だ。

  • どこが分かりにくいのか
  • どの戦略に納得感があるのか
  • どこに不安があるのか

これらは、そのまま外部投資家との対話にも生かせる。社内で説明が通じないストーリーは、社外でも通じない可能性が高い。さらに、投資家ミーティングで戦略を説明する時に、社内IRでの社員の反応が良かったトピックを取り上げれば、社内にどう戦略が浸透しているかを説得力を持って示すことができる。

若手IR人材の育成の場としても、社内IRは極めて有効だ。間違った説明や、質問に答えられず詰まるといったことが許されにくい外部IRでは、若手が前面に立つ機会は限られる。しかし、社内IR、特に若手層を対象にした回であれば、比較的安全な環境で、戦略や財務を自分の言葉で説明する経験を積める。社員からの率直な質問に答えることで、理解の浅さや説明の弱点に気づけるし、質疑応答でも社員が発言しやすい、本音をいいやすいといったメリットもある。こうした経験によって、若手IR社員は、説明資料や質疑応答原稿の作成力、ストーリー構築力や対話力を磨くことができ、結果としてIRチーム全体のレベルアップにつながる。社内IRは、企業価値を高めるだけでなく、IR機能そのものを鍛える「実践ラボ」としても活用可能なのである。

注: Line of Sight。社員が「自分の業務が、企業の戦略や財務目標とどのようにつながっているか」を理解している状態を指す。LOSが高い組織では、戦略が単なるスローガンではなく、日々の判断基準として機能する。

※本コラムは筆者個人の見解および分析に基づくものであり、所属する組織の公式見解を示すものではありません。

日本IR協議会特任研究員

杉由紀

ビジネス誌記者、外資系証券会社および国内系・外資系の資産運用会社アナリストを経て、アリアンツ・グローバル・インベスターズ・ジャパンで日本株式調査部長を務めた。現在は企業のIRアドバイザーを務めるほか、日本IR協議会特任研究員として、企業のインベスター・リレーションズや経営戦略策定等のアドバイスを提供する。ピクシス合同会社代表。

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