コラム

機関投資家は企業の何を見ているのか Vol.1

企業がインベスターリレーションズ(IR)で一番時間を使うのが機関投資家相手のコミュニケーションだ。効果的なIRのためには、機関投資家をよく知る必要がある。機関投資家の種類、規模、それぞれの目的などについて、日本IR協議会特任研究員・杉由紀氏に解説してもらった。

「機関投資家」とは何者か

企業のIR部門がコミュニケーションをとる相手として重要な「機関投資家」だが、「いろいろな機関投資家がいてどう対応すべきか分かりにくい」という声を聞く。

実は「機関投資家」の定義は複数あり、それが混乱の原因となっている。野村證券の用語解説集では、「顧客から拠出された資金を運用する・管理する法人投資家の総称」とし、投資顧問会社、生命保険会社、損害保険会社、信託銀行、投資信託会社、年金基金などを挙げている。これは最も広い定義だ。

次に、機関投資家の世界ランキングを見てみよう。24年10月に英ウィリス・タワーズワトソンが発表した調査では、世界の機関投資家トップ500社が運用する資産の合計額は23年末で128兆ドルで、円にすると約1京8,818兆円と途方もない金額だ(ドル円レート147円で換算)。日本の国内総生産(GDP)の30倍超で、その巨大さがわかるだろう。

ランキング上位は、1位がブラックロックで運用資産額は10兆ドル(約1,470兆円)、2位がヴァンガード・グループ(同8.6兆ドル)、3位がフィデリティ・インベストメント(4.6兆ドル)となっている。日本勢の上位は、34位に三井住友トラストグループ (9,050億ドル、約133兆円)、38位に三菱UFJフィナンシャル・グループ (7,880億ドル)、49位に日本生命 (5,940兆ドル)が入る。世界のトップクラスほどではないが、日本勢も十分に巨大といえる規模だ。

「世界最大の投資家」GPIFがランク外の理由

このランキングに入っていない「機関投資家」がある。代表例が日本の年金積立金管理独立行政法人(GPIF)だ。24年度末の運用資産額は249兆7,821億円で、ランキングの10位前後に並ぶ。これは、ランキングの対象が狭義の機関投資家である「アセットマネジャー」に限定されているからだ。

金融業界では、広義の機関投資家のうち、GPIFや企業年金などを「アセットオーナー(資産保有者)」、アセットオーナーから資産運用を受託する会社を「アセットマネジャー(資産運用者)」と呼んで区別している。

アセットオーナーは、株や債券にどのくらい分配するのか方針を定め、それぞれのカテゴリーで良い運用成績を上げそうなアセットマネジャーを選んで運用資産を委託する。自分でポートフォリオ内の株や債券の売買を決めることはない。一方、アセットマネジャーは、アセットオーナーから運用を受託して株や債券を売買する。運用力を比較する目的もあって、ランキングはアセットマネジャーだけが対象になる。

投資判断をしないパッシブ運用の増加

日本の株式市場で運用する機関投資家の最近の特徴的なトレンドは、パッシブ運用の増加だ。パッシブとは、TOPIXや日経平均など、指数に連動するタイプの運用を指す。これとは逆に、より大きく上昇しそうな株式をファンドに組み入れることで、指数を上回る成果を目指すのがアクティブ・ファンドだ。多くが社内に調査チームを持ち、企業取材などを行って独自の投資判断を行う。IR部門が日頃、接触するのは、アクティブ・ファンドのアナリストやファンドマネジャーが中心となる。

野村総合研究所が25年7月に発表したレポートによると、国内の公募投資信託のうち、24年度のパッシブ投信の比率は約58%で増加トレンドが続く。パッシブは指数に合わせて自動的にポートフォリオを調整するので、手数料が安いことも人気の理由だ。GPIFや企業年金も、低コストと低リスク志向から、パッシブ運用の比率が高い傾向がある。

ただし、パッシブ運用の比率があまりに増えると、株式市場に思わぬネガティブな影響が出ることもある。株式市場は本来、成長力がより大きく期待できる会社が多くの資金を集め、株価が上昇する機能を持つ。これを「資金配分機能」と呼ぶ。企業の業績と成長力を分析して適正株価(目標株価)を計算し、株価がそれより低ければ買われ、高ければ売られる行動、これを「価格発見機能」と呼ぶ。アクティブファンドは、これらの機能を担っている。

米国でもパッシブ偏重の構造は日本と共通しているが、最近は個別銘柄選択によって指数より高い運用成績を狙うアクティブ運用に資金が戻りつつある。米調査会社モーニングスターの調査では、24年のアクティブETFへの資金流入額は約3,400億ドルで、23年と比べ倍増した。運用成績が好調なアクティブETFが増えてきたことが背景にある。

日本では23年にアクティブETFが解禁されたが、25年7月末時点ではまだ17ファンドしかない。今後、米国の流れが日本にも波及してくるかもしれず、「アクティブ・ファンドに選ばれる会社」になるためにも、企業は市場と対話するIRの強化が欠かせない。

小粒でも影響が大きいヘッジファンド

最後に、「オルタナティブ投資」に分類されるヘッジファンドを取り上げる。ヘッジファンドは、顧客を狭い範囲に限定した「私募」で資金を集め、信用売買、先物などを組み合わせながらより高い収益を目指す。通常の投資より高いリスクを取るため、トレードが失敗すると運用資産が大きく目減りすることもある。リスクの高さをよく理解した上で高い成果を目指す「プロ」投資家だけを顧客にするのが特徴だ。

ヘッジファンド最大のミレニアムの運用資産残高は約740億ドルで、機関投資家トップのブラックロックと比べると100分の1にも満たない。顧客から受託した資金の規模では大きな差があるが、ヘッジファンドは借入金や信用売買を組み合わせて売買高を膨らませる。売買頻度も高く、市場への影響は遥かに大きくなる。

ヘッジファンドは、それぞれ得意な分野や手法を持ち、専門性の高い運用者だ。アクティビストファンド(後に詳しく触れる予定)もヘッジファンドの1つだ。

IR担当者にとって重要なポイントは、日本株投資をメインとするヘッジファンドは、普通の機関投資家と同じく、企業の成長ストーリーや業績の上振れに賭ける手法が多いということだ。現物だけでなく信用を組み合わせるが、基本は「買い」だ。ヘッジのために状況に応じて指数の先物を売る形態が多く、個別株の信用売りを積み上げる「カラ売り屋」はごく少数だ。ヘッジファンドは長期保有者ではなく、信用買い・売りで売買高が膨らむため株価の変動が大きくなるデメリットが注目されがちだが、裏を返せば売買高を増やして流動性を高めてくれる存在でもある。売買高が多ければ機関投資家も参入しやすくなる。企業の経営者やIR部門にとってことさらに恐れるべき存在ではない。機関投資家と同じスタンスで接すればよい。

※本コラムは筆者個人の見解および分析に基づくものであり、所属する団体や教育機関の公式見解を示すものではありません。

日本IR協議会特任研究員

杉 由紀氏

ビジネス誌記者、外資系証券会社および国内系・外資系の資産運用会社アナリストを経て、アリアンツ・グローバル・インベスターズ・ジャパンで日本株式調査部長を務めた。現在は企業のIRアドバイザーを務めるほか、日本IR協議会特任研究員として、企業のインベスター・リレーションズや経営戦略策定等のアドバイスを提供する。ピクシス合同会社代表。

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