決算資料や事業計画を準備しても、投資家の反応が想定と異なり戸惑う経営者は多い。だが、機関投資家が注目する視点は意外に明快だ。成長ストーリーと株価の割安感、そして利益やキャッシュフローに基づく企業価値の算出が中心にある。投資家が企業のどこをどう見て分析しているのか、その思考プロセスを日本IR協議会特任研究員・杉由紀氏が解説する。
機関投資家は企業の何を見て分析しているのか
決算資料や経営方針、事業計画の説明を投資家向けに準備するにあたって、「投資家は何を知りたがっているのか」「自社のどこを評価されるのか」と悩む経営者、IR担当者は少なくない。だが、機関投資家に共通する基本的な考えは非常にシンプルだ。機関投資家に共通する分析の基本を理解することが、信頼関係を築く第一歩となる。
成長ストーリーと、株価の割安感を注視
機関投資家が企業の株式に投資する際、単純化すると次の2つの条件のどちらかに当てはまる企業を選ぶ。1つ目は、しっかりした成長ストーリーがあり、それがまだ株価に織り込まれていないこと、2つ目は、株価が非常に割安で、業績の上振れや経営環境の改善など、割安感が解消するきっかけが近いうちに訪れそうだと予想できることだ。
まず1つ目。この条件には、成長ストーリーがあるか、そして、それが株価に織り込まれているかどうか、の2つの要素がある。「成長ストーリーがしっかりしている」とは、会社の強みはどこにあるのか、強みを活かして成長するために何にどのくらいのヒト・モノ・カネを投じるのか、何年後にどのくらいの成果が期待できるのか、などが経営方針として明確になっているかということだ。
2つ目は、 成長ストーリーは強力ではないが、投資家の業績予想に基づく企業価値を時価総額がはるかに下回っているというケースだ。例えば、成熟産業で売上高の成長は低いものの、市場シェアが高く利益率が安定しており、設備投資など大きな投資も不要なため、毎年安定したキャッシュフロー(CF)が期待できる企業などが当てはまる。
どちらの場合であっても、重要なのは「投資家が予想する企業価値に比べて、株価が低い」ということだ。どんなに素晴らしい成長ストーリーがあっても、既に株価が成長ポテンシャルを十分に織り込んだ水準にあるなら、それ以上株価が上がりにくいと判断して、新たにその会社の株を買うことはない。
1つ目の成長ポテンシャルをより強く重視するスタイルの投資を「グロース投資」と呼び、2つ目の割安感をより重視するスタイルを「バリュー投資」と呼ぶこともある。機関投資家は、それぞれの投資スタイルを得意とするファンドマネジャーを抱えていることが多い。スタイルを分けることで、顧客である年金基金などのアセットオーナーが効率的に分散投資できるように配慮しているのだ。
売上高の話しかしない企業は敬遠される
経営方針説明会で様々な取り組みを一生懸命に説明したのに、投資家の反応はいまひとつ、厳しい質問ばかり続く……経営方針説明会や、その後のIRミーティングなどでよく見かける光景だ。これは、成長ストーリーの説明方法に、企業と機関投資家の間に大きなギャップがあることが原因だ。
よくあるのが、経営者が「成長ストーリー」として機関投資家に説明する際、売上高の成長戦略に重点を置き、利益がどう変化するのかの説明があいまい、というケースだ。投資と利益のバランスについても、全く説明されないことがある。そんな時、投資家は厳しい質問を繰り返し、納得いく説明が得られなければその計画を信用することはない。
機関投資家が重視するのは、売上高が成長する過程で、利益やキャッシュフローがどう伸びていくのかということだ。売上高は重要ではあるが、利益を生む前の通過点に過ぎない。この視点を意識すれば、中期経営計画の説明も構成が変わってくる。
まず、成長のためにどのくらい投資を行うかが重要だ。設備投資、研究開発投資、店舗網や流通チャネルへの投資など、どのくらいの期間に、いくら投資するのか。その分野に投資する理由は何か。例えば、新製品を新たに生産するためか、それとも既存製品を改良して競合企業より高い付加価値を付けるためか。
続いて、計画期間中に利益率はどのように変動する見通しなのか。例えば、大規模な投資を行った場合、計画期間の前半は投資負担から利益率は低めに推移し、後半になるにしたがって利益率が改善する可能性が高い。すると、売上高は計画期間の中盤には大きく伸び始めるが、利益率が上がるのは終盤かもしれない。中計の最終年度の目標利益だけを示す会社もあるが、売上高の動きと利益の動きが全く同じはずはなく、時間軸に沿っておよその動きだけでも示せば説得力が増す。
そして最後が資本政策だ。計画どおりに利益が拡大した後には、稼いだキャッシュのうちどのくらいを配当として株主に還元し、残りを次の成長投資に回すのか。ここまで説明してやっと、機関投資家が期待する材料を一通り提供したことになる。
質問の裏にある企業価値算出ロジックを理解しよう
なぜ機関投資家は詳しい説明を求めるのか。この裏には、機関投資家すべてに共通する企業価値の考え方がある。これを理解すれば、機関投資家との対話に齟齬が生じるリスクを最小にすることができる。
投資家が推測した企業価値に比べて株価が低ければ投資し、高ければ投資しない、ということはこれまでも述べてきた。では、機関投資家は「企業価値」をどう計算しているのだろうか。
会社が将来にわたって稼ぐフリーキャッシュフロー(FCF)を、年ごとに現在の価値に割り引いて、それを全て合計したものが「企業価値」になる。これだけだ。とはいえ、これだけだと理解しにくいという方もいるだろう。詳しく説明しよう。
FCFは、CF計算書の営業CFと投資CFを足したものだ。そして、営業CFを変動させる最大の要素は、営業利益と、減価償却費だ。減価償却費は、過去に行った投資を何年かにわたって会計に計上するものなので、キャッシュの動きを見るための営業CFでは足し戻される。投資CFを変動させるのは設備投資なので、FCFは、利益の増減に、投資のバランスを加えた指標ということになる。
「現在価値に割り引く」とは、1年後に得られる100億円は、現在の価値にすると金利の分だけ100億円より低いという考え方で、機関投資家が企業に期待するROEや資本コストにも関わる重要なコンセプトだ。例えば、金利が4%の米国債に1年間投資するとしよう。為替が動かなければ、1年後に100億円を得るには、96.15億円分の米国債を買えば良い。つまり、1年後の100億円は現在の96.15億円と同じ価値ということになる。
このように、初年度に稼いだFCFの現在価値、2年目のFCFの現在価値、3年目、4年目、、、、と合計したものが、会社の企業価値となる。実務上は、業績予想を精緻に行うのは数期分で、それ以降は一定の成長率を設定し、成長率ゼロとして毎年同じCFが得られる、といった前提を置いて計算している。
計算で得られた企業価値には、株主に帰属する分と、銀行や社債保有者など債権者に属する分がある。企業価値から債権者に属する純負債(有利子負債ー現預金)を差し引いたのが株主に帰属する価値で、これが予想に基づいた「あるべき時価総額の値」となる。株式数で割ると1株当たりの価値、つまり目標株価が得られる。
機関投資家が決算説明会やIRチームとの議論で根掘り葉掘り質問するのは、業績予想をできるだけ正確に作るために、決算の内容を詳しく分析し、会社の事業戦略や経営方針を吟味することが不可欠だからだ。売上高の成長戦略だけでなく、投資の方針や利益の構造がどうなるのかも聞きたい、というニーズがお分かりいただけたのではないだろうか。
以下に、投資家に評価されつづけるためにIRで取り組むべきチェックポイントをまとめたので参考にしてほしい。
日本IR協議会特任研究員
杉 由紀氏
ビジネス誌記者、外資系証券会社および国内系・外資系の資産運用会社アナリストを経て、アリアンツ・グローバル・インベスターズ・ジャパンで日本株式調査部長を務めた。現在は企業のIRアドバイザーを務めるほか、日本IR協議会特任研究員として、企業のインベスター・リレーションズや経営戦略策定等のアドバイスを提供する。ピクシス合同会社代表。
