コラム

機関投資家は企業の何を見ているのか Vol.3

機関投資家はどのように投資先を選び、ある企業に注目するのか。IR担当者にとっては最大の関心事でありながら、そのプロセスは意外と知られていない。データベースを使った絞り込みや業績予想モデルの作成まで、多大な準備の末にようやく企業取材へと至る。では、企業が注目されるためには何を整え、どのように対話を深めていくべきか。日本IR協議会特任研究員・杉由紀氏に解説してもらった。

機関投資家はどうやって投資先を決めるのか

IR担当者からよく聞く悩みの一つに、「機関投資家がなかなか自社に取材に来てくれない」というものがある。アクティブ投資家の場合、様々な角度から取材に行くべき企業を絞り込み、かなりの労力を使って調査した上で、取材に行くべき会社を絞りこんでいる。このプロセスで、ほとんどの会社が対象から外れてしまうのが実情だ。

企業取材前の分析に時間をかける

機関投資家は、企業のIR部門に取材に来る前の段階で、膨大な時間を使って情報収集、分析を行っている。一般的なアクティブファンドのアナリストが企業を選ぶプロセスを見てみよう。

多くの機関投資家は、会社選びの最初の段階で、財務データベースを使い、様々な条件を設定して調査する会社を絞り込む作業を行う。すべての会社をじっくり調べることは難しい。設定する条件は、例えば増益率が過去3年間の平均15%以上で、過去3年間でROEが向上している、といった損益計算書上の変化を見ることもあるし、テーマで絞ることもある。業績データと市場データを組み合わせることも多い。

並行して、メディア記事、証券会社のレポート、業界セミナーや展示会、同業他社への取材など多方面からの情報をインプットする。スクリーニングで絞り込んだ会社の中から、さらに詳しく分析する会社を選んでいく。

選んだ会社について、業績データや会社の経営方針発表資料などを見ながら、どのように会社の業績が伸びるのか、仮説を設定し、3~5期程度の業績予想モデルも作る。業績パターンに不自然なところはないか、会社が発表している今期の業績予想や、中期経営計画は説得力があるか、達成確度が高そうか、などを分析する。また、株価や、PERやPBRなどの株価バリュエーションの変化や特徴を把握し、近いうちに投資チャンスがありそうだと判断できてからやっと、裏付けを取るためにIR部門への取材を申し込むのだ。

実際は、アナリストによって様々なスタイルがあり、スクリーニングと並行して個別取材を行う人もいれば、中小型株担当者などで、できるだけ多くの会社と直に会い、対話の中から絞り込んでいくスタイルの人もいる。どちらにしても、一回の接触で終わることは少ない。IR担当者は、ミーティングを重ねる中で会社に対する信頼感を高めてもらえるよう事前準備することが重要だ。

「当たるアナリスト」が生き残る

個別取材では、事業ごとの戦略、課題とその対策、業績予想や経営計画の作り方などをIR部門と対話しながら把握していく。財務担当役員や社長など経営陣とのミーティングを依頼し、経営陣の姿勢、自信の程度、説得力、信頼性、ガバナンス構造の健全性などをチェックすることもある。また、工場や店舗などの施設を見学し、現場の実力を確認することもある。

そして、取材で得た情報や分析をもとにして業績予想を精緻なものに仕上げた後は、前回説明したような手法を使って目標株価を算出する。現在の株価からの上昇余地が大きいと確信が持てれば、「買い」レーティングを付け、運用部門の投資会議で社内に提案する。

運用部門の投資会議では、アナリストの業績予想や目標株価のバリュエーションは妥当か、目標株価までのアップサイドは十分か、想定投資期間はどのくらいか、投資ストーリーが実現しないリスクは何か、売買高は十分にあるか、などを議論する。その結果をもとに、ファンドマネジャー達は、どのファンドで、どれだけの株数を組み入れるかについて判断する。

機関投資家のアナリストの業績評価は、推奨がどのくらい当たったか、社内のファンドの成績にどれくらい貢献したかの2項目を数値化することが多い。「よく当たるアナリスト」は重宝され、「外し続けるアナリスト」は退場を迫られる。

機関投資家に注目されるには

では、機関投資家に注目してもらうために、会社とIR部門は何をすべきだろうか。第一歩目は、情報開示の整備だ。決算説明資料や経営方針説明の資料を分かりやすく作り、IRページを整理する。海外投資家を意識するのであれば、英語での同時開示は必須だ。

次に、証券会社(セルサイド)のアナリストを活用する。自社をカバレッジするアナリストのレポートの内容は、投資家にとって重要な参考資料だ。スモールミーティングや工場・現場見学会といったイベントを証券会社と連携して開催すれば、常に投資先を探している投資家との接点が広がる。自社をカバーしてくれるカバレッジ・アナリストが少ない場合は、独立系リサーチ会社にレポート作成を活用するのも有効だ。独立系のレポートは有料だが、常に新しい投資候補を探している機関投資家、特に中小型株を専門とするアナリストやファンドマネジャーは、独立系のレポートをよくチェックしている。

また、証券会社のコーポレート・アクセス部門を通じて、投資家とのミーティングや海外IRを設定することもできる。ただし、全く注目されていない段階で依頼しても、特に海外投資家の場合はアポイントが入らず、期待したような成果が出ないこともある。まずは決算説明会や補足資料を充実させて投資家の関心を引き、オンラインのグループ・ミーティングなどで信頼関係を積み重ねるなど、段階を踏んだ方が効果的だ。

投資家との「対話」がますます重要に

2014年にスチュワードシップ・コードが導入されて以降、機関投資家は投資先企業と積極的に対話(エンゲージメント)を行うようになった。アクティブ・ファンドだけでなく、通常はIR部門にコンタクトを取ることがないパッシブ・ファンドも企業とのエンゲージメントを積極化させている。
対話のテーマは様々だが、おおむね共通するのは、企業価値の向上策、資本効率の改善、ガバナンス体制の改革、サステナビリティ関連・ESGの取り組み推進とその開示などだ。具体的な要求としては、過剰な現預金の蓄積に対して増配や自社株買いを求めたり、不採算事業のテコ入れまたは売却を求めたり、経営層のダイバーシティ促進や、社外取締役の増員などが挙げられる。

こうしたテーマについて議論する際に、企業と機関投資家の間に認識の齟齬があり、対話がうまくかみ合わないことがある。増配や自社株買いを投資家が求めるのは、短絡的に株価が上がることを期待しているからではないか、不採算事業に見えても他の事業と技術や販路が共通のシナジーがあり全体で評価してほしいのに、といった不満の声を聞くことが多い。
その要求をする理由や背景をきちんと説明できない投資家も悪いのだが、企業側も、なぜ機関投資家がそのような要求をしてくるのか、背景を理解する努力が求められる。例えば、「現預金が多過ぎる」と、「だから増配や自社株買いをすべきだ」の間には、省略された言葉がある。「豊富な現預金を高い成長が見込める事業や分野へ投資し、企業価値を向上させる取り組みができないのなら」だ。つまり、増配や自社株買い要求は、会社の経営力不足に対する投資家のフラストレーションを表しているのだ。

ただ、機関投資家は株主であっても、経営陣の退任を求める株主提案を行うような敵対的なアクションは取らない。株式を買い集めて力業で短期的に資本効率の改善と株価の上昇を狙うのがアクティビストだ。次回はアクティビストについて取り上げる。

※本コラムは筆者個人の見解および分析に基づくものであり、所属する団体や教育機関の公式見解を示すものではありません。

日本IR協議会特任研究員

杉 由紀氏

ビジネス誌記者、外資系証券会社および国内系・外資系の資産運用会社アナリストを経て、アリアンツ・グローバル・インベスターズ・ジャパンで日本株式調査部長を務めた。現在は企業のIRアドバイザーを務めるほか、日本IR協議会特任研究員として、企業のインベスター・リレーションズや経営戦略策定等のアドバイスを提供する。ピクシス合同会社代表。

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